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母親系


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母親系 [2020/11/24 07:23]
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母親系 [2021/08/19 04:36] (現在)
moepapa
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-====== 日本三大河川 ====== +====== 母親系 ====== 
-その長さや流域面積の大きさなどで、日本を代表する河川のことで、信濃川、利根川、石狩川の三つです。+ 
 +私が8歳で、弟が5歳の頃の話です。 
 + 
 +当時、母が病気で入院してしまい、父は単身赴任中であることから、 
 +私達は祖母(父方)の家に預けられておりました。 
 +母や私達を嫌っていた祖母は、朝から夜遅くまで舞踊のお稽古に行き、 
 +私達の世話は一切しませんでした。 
 + 
 +そこで、私達はいつも近所に住むAさんという人のいいかたの家でご飯をいただいておりました。 
 +ある日、母が一日だけの許可をもらって退院してきました。 
 +本当は体がとてもきつかっただろうに、母は甘えつく私達を何回も抱っこしてくれました。 
 +夜は、三人で歌いながらハンバーグをこねて作りました。 
 + 
 +「今日はお母さんが帰ってきたから、ご飯はお家で食べます!」 
 +Aさんの家に挨拶に行った時の弟の、何か誇らしげな表情を見て嬉しくなった私は、 
 +その紅潮した頬っぺたに何度も自分の頬っぺたを擦りつけて家に帰りました。 
 + 
 +家に着くと、既に料理が食卓に並べられていた。母は暖かい牛乳を差し出して、 
 +「おばあちゃんが帰ってきたから、ちょっと待っていてね。みんなで食べようね。」 
 +と言った。私達がAさんの家に行っている間に帰ってきたようだ。しばらくすると、 
 +着物から着替えてきた祖母が台所に入ってきた。 
 + 
 +「お義母さん、お食事の用意できていますので、どうぞお掛けになってください。」 
 +その母の言葉を遮るように祖母は、 
 +「病人の作ったものが食べられますか!何が感染するかわからないのに…」と言って、 
 +母の作った料理を全て残飯の入ったごみ袋の中に捨てていきました。 
 +「も、申し訳ありません…」 
 +さっきまでニコニコしていた母の顔から一気に血の気が引いていきました。 
 +私は(どうしよう!どうしよう!)とただただ混乱していました。 
 + 
 +「バカヤロウ!」 
 +突然、弟が叫んで、祖母からごみ袋をひったくりました。 
 +仁王立ちになった弟は、祖母をにらみつけながら、 
 +ごみ袋から母の作ったご飯を手ですくって食べ始めました。 
 +「俺はなぁ… 俺はなぁ…」 
 +後の言葉が出てこずに、目から涙をボロボロとこぼしながら、弟は食べました。 
 +小さな肩を震わせて、必死に強がって… 
 +そんな弟を見て、私も大泣きしながらごみ袋からハンバーグを掴み取って食べました。 
 +「もう、いいのよ。やめて。二人とも。いいのよ。お願いだから…」 
 +泣きながら止める母の声も無視して、私達はむさぼり続けました。 
 +これが私達姉弟の、母の最後の味。悲しさと悔しさの恨みの味…
  
 ---- ----
-===== 信濃川 ===== 
-信濃川(しなのがわ)は、新潟県および長野県を流れる一級河川で信濃川水系の本流である。新潟市で日本海に注ぐ。このうち信濃川と呼ばれているのは新潟県域で、長野県にさかのぼると千曲川(ちくまがわ)と呼称が変わる。この項目では千曲川と呼称される上流部を合わせ記述する。全長367 kmのうち、信濃川と呼ばれている部分が153 kmで、千曲川と呼ばれている部分は214 kmと、60 kmほど千曲川の方が長い。ただし、河川法上は千曲川を含めた信濃川水系の本流を信濃川と規定しているため、信濃川は日本で一番長い川となっている。日本三大河川のうちの1つである。 
  
-流域面積11,900km2は日本で第3位、新潟と長野の2県でほとんどを占めるが、信濃川水系の一次支川(いちじしせん)である中津川の源流部が群馬県の野反湖付近にあるため、信濃川水系の流域は群馬を含む3県に及ぶ。+あの日俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった 
 +学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった 
 +母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った 
 +その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った 
 +母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕食も食べずに部屋に篭もった 
 +それから何時間か経った 
 +俺は寝てしまっていたようだ、が、父親が部屋に飛び込んで来たので目が覚めた 
 +「母さんが轢かれた・・・!」 
 +あの時の父親の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう 
 +俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた 
 +医者は最後に傍にいてあげて下さいと言い、部屋を出た 
 +それから少しして、母親は息を引き取った 
 +その後、母親があの時間外にいた事を父から聞いた 
 +買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事 
 +現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事 
 +救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事 
 +その時、俺のためにはアイスを買いに行って事故にあったとわかった
  
-{{:300px-niigatacityopendata_kuusatsu002.jpg?nolink&400|}}+通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた 
 +そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある 
 +母さん、ごめんな 
 +俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けている。
  
-古くは「大きな川」として「大川」(おおかわ)と呼ばれていたが、のちに下流部では信濃国から流れてくる川として、信濃川と呼ばれるようになった。+----
  
-長野県内の名称である千曲川の名前の由来については諸説がある。+サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。 
 +その時、サキちゃんはまだ2歳。 
 +「あなた、サキのためにビデオを3本残します。 
 + このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。2本目は小学校の入学式に。 
 + そして3本目は…○○○の日に見せてあげてください」 
 +まもなく、サキちゃんのママは天国へと旅立った。
  
-字の通り、川が千の数ほど曲がっている様子から名付けられた。 +そして、サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられた。 
-旧豊田村から下流の千曲川は狭窄部が連続し、両岸は崖状の地形を呈していることから、「チク(崖)・マ(袋状の湿地)の川」という説がある。 +(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される) 
-水源地域である長野県川上村の伝説によれば、大昔に高天原に住む神々の間で大きな戦いがあり、この時に流された血潮によってできた川とされており、その血潮があたり一面隈なく流れた様子から「血隈川」と言うようになったという伝説もある。 +「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。 
-なお、千曲川の支流である犀川は長野県西部の筑摩(ちくま)地方を流れているが、筑摩は古くは「つかま」と呼ばれたため、直接の関係はないと見られる。+ でもママはね、テレビの中に引っ越したの。だから、こうやってしか会えない。 
 + パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。だったら、ママ、また会いに来ます」
  
-千曲川は万葉の頃から多くの詩歌に歌われ、近代になっても流域の佐久市・小諸市周辺を島崎藤村(千曲川旅情のうた、小諸なる古城のほとり)が、長野市周辺から新潟県境付近の豊田村(現中野市)周辺を高野辰之(朧月夜、故郷)が歌にしている。+サキちゃんの小学校入学の日。2本目のビデオ。 
 +「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう……。ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。 
 + サキちゃん、ちゃんと聞いてね。 
 + ママが今住んでいるところは、天国なの。だから、もう会えない。 
 + でもね、パパのお手伝いがちゃんとできたら、ママ、もう一回だけ、会いに来ます。 
 + じゃあ、魔法をかけるよ。 エイッ! 
 + ほうら、サキちゃんは料理や洗濯ができるようになりました」
  
-<html> +そして3本目のビデオ。そのタイトルは、こう書いてあった。
-<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/ixj7jsZYmpg" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> +
-</html>+
  
-千曲川は埼玉県・山梨県・長野県の県境に位置する甲武信ヶ岳の長野県側斜面(南佐久郡川上村)を源流とし、八ヶ岳、関東山地などを源流とする諸河川と合流しつつ佐久盆地(佐久平)、上田盆地(上田平)を北流する。長野盆地(善光寺平)の川中島の北端に該当する場所で、飛騨山脈を源流とし松本盆地(松本平)から北流してきた犀川と合流する。なお合流地点には落合橋(おちあいばし)が架橋されている。この橋はT字型の特殊な形態の橋である。川はその後北東に流れ、新潟県に入って信濃川と名前を変える。信濃川は、十日町盆地を通って越後平野(新潟平野)に出て群馬・新潟県境の谷川岳から流れてきた魚野川と合流、新潟市で日本海に注ぐ。河口は阿賀野川の河口に近く、時代によっては新潟の地で合流して河口を共有していたこともあった。+新しいママが来た日のサキちゃんに
  
-<html> + 
-<script async src="https://pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script> +そしてサキちゃんが10歳の時、パパは再婚し、新しいママが来た。 
-<!-- 貧乏グルメの燃えPaPa節約レシピ_main --> +3人いっしょに、3本目のビデオを見つめた。 
-<ins class="adsbygoogle" +なつかしいママの顔が映し出された。 
-     style="display:inline-block;width:728px;height:90px" +「サキちゃん、おうちの仕事、がんばったね。えらかったね。 
-     data-ad-client="ca-pub-3183985713297292" + でも、もう大丈夫。新しいママが来たんだから。 
-     data-ad-slot="9222301761"></ins> + …… 
-<script> + サキちゃん。今日で本当にお別れです。 
-     (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); + …… 
-</script> + サキちゃん、今、身長はどれくらい?ママには見えない。 
-</html>+ (泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る) 
 + ママ、もっと生きたい…。 
 + あなたのために、おいしいものいっぱいつくってあげたい…。 
 + あなたの成長を見つめていたい…。 
 + じゃあ、サキちゃん、これがママの最後の魔法です。 
 + それは、『ママを忘れる魔法』です。 
 + ママを忘れて、パパと、新しいママと、楽しい暮らしをつくってください。 
 + では、魔法をかけます。1、2、3、ハイッ!」 
 +そこでビデオは終わった。 
 + 
 +しかし、サキちゃんに、この魔法は効かなかった。 
 +パパと、新しいママにも効かなかった。 
 +ママは、みんなの心の中に、ちゃんと残っていた。 
 + 
 +そして今度は、サキちゃんが主役の、4本目のビデオがつくられたのだった。 
 +天国のママに見てもらうために
  
 ---- ----
-===== 利根川 ===== 
-利根川(とねがわ)は、大水上山を水源として関東地方を北から東へ流れ、太平洋に注ぐ一級河川。一級水系であり、利根川水系の本流である。河川の規模は日本最大級であり、日本三大河川の一つ。日本の首都圏の水源として国内の経済活動上重要な役割を果たしている。「坂東太郎(ばんどうたろう。“東国にある日本一の大河”)」の異名を持つ日本三大暴れ川の一つで、江戸時代初期に行われた河川改修である利根川東遷事業により流れを変えられた歴史を持つ。 
  
-{{:280px-estuary_of_tone_river_20081229.jpg?nolink&400|}}+母子家庭だったうちは貧乏極まりなかった。 
 +高校になってから、毎日お弁当を作ってくれたんだけど、友達のほとんどは学食で食べていて、弁当持参がとても嫌だった。 
 +ある日、いつものように弁当を作ってくれた母親に「お前の弁当なんていらねーんだよ!」と台所に捨ててしまった。 
 +キョトンとした後に悲しそうなあの表情、今でも忘れられない。その後怒るどころか、「ごめんな、料理下手だから気に食わないんだね」って泣いてた。 
 +結局その後お弁当は作らずに、毎日400円貰ってた。母親の稼ぎは相当低かったのに、やりくりして出してたんだろうな。 
 +何度も謝ろうとしたんだけど、結局言い出せなかった。 
 +そんな俺も社会人になったんだが、母親がガンで逝ってしまった。 
 +家を片付けてると、学生の時に作ってくれていた弁当箱を発見した。 
 +結局、弁当を捨ててしまった事は話題すらしなく謝れないままだった。 
 +朝早起きしてくれて作ってくれてたお弁当、愛情がこもったお弁当、なんであんな事してしまったんだろう、なんで謝れなかったんだろうって今でも後悔しまくり。 
 +自炊するたびに、母ちゃんは手間隙かけて作ってくれてたんだなぁって痛感するよ。 
 +本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、むしのいい話ですが、お母さんのお弁当が食べたいです!
  
-群馬県利根郡みなかみ町にある三国山脈の一つ、大水上山(標高1,840m)にその源を発する。前橋市・高崎市付近まではおおむね南へと流れ、伊勢崎市・本庄市付近で烏川に合流後は、東に流路の向きを変えて群馬県・埼玉県境を流れる。江戸川を分流させた後はおおむね茨城県と千葉県の県境を流れ、茨城県神栖市と千葉県銚子市の境において太平洋(鹿島灘)へと注ぐ。江戸時代以前は大落(おおおとし)古利根川が本流の下流路で東京湾に注いだが、度重なる河川改修によって現在の流路となっている。流路延長は約322kmで信濃川に次いで日本第2位、流域面積は約1万6840km2で日本第1位であり、日本屈指の大河川といってよい。流域は神奈川県を除く関東地方一都五県のほか、烏川流域の一部が長野県佐久市にも架かっている。河川法に基づく政令により1965年(昭和40年)に指定された一級水系である。+----
  
-<html> +夏休みで実家に帰省していた最後の日に母親が 
-<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/EKrXJSZM6G4" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> +「これ持っていきなさい」と、おにぎりを渡された。 
-</html>+すでにタオルや洗剤を、お土産?として持たされていた俺は、 
 +「これ以上は、荷物が増えるから、こんなんいらねー」って断ったんだけど、 
 +母親は「いいから、この位持っていけるでしょッ」と強引にカバンに詰め込みました。 
 +それで、お互いにムッとして気まずいままに、俺は実家を出ました。 
 +でも実際、住んでいる所へ戻る途中、お腹が空いたので、 
 +そのおにぎりを食べたのですが、何年かぶりに食べた母親の大きなおにぎりは、 
 +コンビニのおにぎりよりも断然に美味しかった。
  
-利根川の流域面積は約1万6840km2であり、比較すると広さは四国地方の面積の80%に相当する。この流域面積内を流れ最終的に利根川へと合流、あるいは分流する河川は全て利根川水系に属する。水系内を流れ最終的に利根川に合流する支流の数は815河川に上り、淀川水系の964河川、信濃川水系の880河川に次ぐ日本第3位の支流数である。流域自治体は首都である東京都を始め茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県および長野県の一都六県211市区町村にまたがり、流域内には日本の人口の10%に相当する約1200万人が生活している。+母さん、ゴメンナサイ、アリガトウ。
  
 <html> <html>
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 </script> </script>
 </html> </html>
 +
 +還暦を迎えた母に誕生日おめでとうメールを送った返信。
 +
 +件名:ありがとう
 +本文:ついに60代になってしまいました。
 +思い返せば、30代は小さなあなた方を夢中で見つめていました。
 +40代は、若々しく成長していくあなた方に見とれていました。
 +50代は頼もしく輝いていくあなた方に目を奪われていました。
 +あなた方がみんな素敵な伴侶を見つけ、巣立って行ってから迎えた60代は
 +20代の頃に戻ってもう一度お父さんと見つめ合おうと思います。
 +
 +
 +うっかり感動してしまった。
  
 ---- ----
-===== 石狩川 ===== 
-石狩川(いしかりがわ)は、北海道中西部を流れ日本海へ注ぐ石狩川水系本流の一級河川である。流域面積は 14,330km2 で利根川に次いで全国2位、長さ268km は信濃川、利根川に次いで3位で、日本三大河川のうちの1つに数えられている。北海道遺産に選定されている。 
  
-{{:300px-ishikari_riv_1.jpg?nolink&400|}}+なんか機械音痴の母がデジカメを買った。 
 +どうやら嬉しいらしく、はしゃぎながらいろいろと写してた。 
 +何日かしてメモリがいっぱいで写せないらしく 
 +「どうすればいいの?」って聞いてきたが 
 +「忙しいから説明書読め!」とつい怒鳴ってしまった。 
 +さらに「つまらないものばかり写してるからだろ!」とも言ってしまった。 
 +そしたら「・・・ごめんね」と一言。
  
-北海道上川郡上川町の河東郡上士幌町との境界にある大雪山系石狩岳の西斜面に源を発し、ここから上川盆地、石狩平野を経て石狩市で石狩湾へと注ぐ。この間に上川地方(塩狩峠以南)・空知地方・石狩地方の22の市町村を通過する。空知川や千歳川などの支流を含む流域内市町村数は48、流域内市町村人口は約308万8千人である(平成12年国勢調査)。+そんな母が先日亡くなった。 
 +遺品整理してたらデジカメが出てきて、何撮ってたのかなあと中身を見たら 
 +俺の寝顔が写ってた・・・。
  
-本来のアイヌ語の意味が不明になって由来が特定できていないものの、「イシカリ」(塞がる)、「イシカラペツ」(美しく・作る・川)、「イシカラアペツ」(回流川・非常に曲がりくねった川)のいずれかと考えられる。また、俗説か否か、フリカムイとラートシカムイとの戦いの際にフリが尾羽(イシ)を振った(カリ)ための名とも。+涙が止まらなかった。
  
-石狩川水系は上川(塩狩峠以南)・空知・石狩の3地域(石狩国と胆振国千歳郡に相当)に跨って流れる。主要支川で最大なのは空知川で流路延長194.5km、流域面積2,618.0km2であり、他の一級水系と比較すると渡川(四万十川)水系や新宮川(熊野川)水系に匹敵する規模を持つ。この他雨竜川・夕張川・千歳川が流路延長100kmを超す。+----
  
-流域には支笏湖やオコタンペ湖などの天然湖を有する他、中流部には蛇行の痕跡である三日月湖が散在する。また、旧美唄川や旧夕張川のように旧流路がそのまま残っている河川もある。札幌市・旭川市・千歳市・岩見沢市など北海道枢要部の都市が流域に点在し、それら都市の活動を支えている。+私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、 
 +母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。 
 +友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。 
 +ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。 
 +私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。 
 +すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、 
 +とても食べられなかった。 
 +家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。 
 +私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので 
 +「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。 
 +母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
  
-<html> +それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。 
-<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/axrOp30ms6g" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> +母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。 
-</html>+中を見ると弁当のことばかり書いていた。 
 +「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。 
 +後悔で涙がこぼれた
  
-石狩川の河川施設は「北海道総合開発計画」に基づき北海道開発庁の現地執行機関である北海道開発局によって事業が計画・施工されているが、大別すると灌漑事業と治水事業に分かれる。+----
  
-灌漑については北海道開拓使以来の事業である農地開拓に基づくものである。戦後農林省(現農林水産省)は1947年(昭和22年)より全国各地で「国営かんがい排水事業」や「国営土地改良事業」を施行。石狩川水系でも開発局農業水産部によって夕張や篠津等多くの地域で実施されている。このために農林水産省管轄の灌漑用ダムが大小様々建設されている。+俺んち母子家庭で貧乏だったから、ファミコン買えなかったよ。。。 
 +すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。 
 +俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、 
 +「ファミコン持ってない奴が怪しい」なんて、真っ先に疑われたっけ。 
 +貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!って悪態ついたときの 
 +母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。 
 +どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。 
 +これでようやく遊べると思ったんだけど、ニチイのゲーム売り場の前まで来て買うのやめた。 
 +そのかわりに小3の妹にアシックスのジャージを買ってやった。 
 +いままで俺のお下がりを折って着ていたから。 
 +母にはハンドクリーム買ってやった。 
 +いっつも手が荒れてたから。 
 +去年俺は結婚したんだけど、 
 +結婚式前日に母に大事そうに錆びた ハンドクリームの缶を見せられた。
  
-一方治水事業は建設省が「河川総合開発計画」を基に全国の一級水系において多目的ダムによる河川開発を進めていたが、開発局建設部により石狩川水系の治水と札幌市・小樽市・千歳市・旭川市等の北海道主要都市に上水道を供給するため、石狩川本川をはじめ主要な支川に特定多目的ダムを建設し対処している。ただしこれらの多目的ダムは『特定多目的ダム法』に基づく建設大臣の直轄管理施設となっており、北海道開発庁は管理をしていない。この他北海道建設部も補助多目的ダムを各所に建設している。+---- 
 + 
 +「沖縄に行かない?」 
 +いきなり母が電話で聞いてきた。 
 +当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。 
 +「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。 
 +「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」 
 +「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。 
 +急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。 
 + 
 +それから半年後に母が死んだ。癌だった。 
 +医者からは余命半年と言われてたらしい。 
 +医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。 
 +父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。 
 +沖縄に行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。 
 + 
 +叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。 
 +パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。 
 +絵日記には 
 +「今日は沖縄に遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。 
 +ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」 
 +・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。 
 + 
 +自分は大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる。 
 +というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。 
 +母はそれをずっと覚えていたのだ。 
 +そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。 
 + 
 +自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。 
 +もう恩返しする事が出来ない・・・ 
 +涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。 
 + 
 +---- 
 + 
 +俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。 
 +なので料理は基本的に父が作っていた。 
 + 
 +ただ、遠足などで弁当がいる時は、母さんが頑張って作ってくれていた。 
 +でも、小学校6年の時の遠足で、見た目が悪い母さんの弁当を見られるのが嫌で、とうとう「弁当はコンビニで買っていくから、この弁当はいらない!!」と言ってしまった。 
 +母さんはそんな馬鹿な俺に、ただ、うまく作れなくてごめんねとしか言わなかった。 
 + 
 +時は過ぎ、小・中は給食だったのだが、高校になってからは給食はないのでいつも昼は購買のパンですませていた。 
 +しかし、高校2年になったある日、母さんが弁当を作ると言い出した。 
 +それは遠足の時に作ってくれたものとは、見た目も味も段違いに良くなっていた。 
 +不自由な手で、一生懸命作ってくれたのだ。 
 +と、思ったのもつかの間。 肺炎で入院したかと思うとぽっくり逝ってしまった。 
 + 
 +弁当を作り始めてから3ヶ月しか経たない内に。 
 +母さんが死んだ後、親父から聞いたのだが、どうやら母さんは俺の為に、定食屋をやっている知り合いの所に一年間料理を習いに行っていたらしい。 
 + 
 +そして後日、その定食屋に行って見た。 
 +定食屋の人と俺は直接、関わりは無いけれど、優しそうな人だった。 
 +そして母がよく弁当に入れていたメニュー、ハンバーグ。それの定食を頼んだ。 
 + 
 +そして、それを口にしたとたん、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。 
 +たった3ヶ月しか食べられなかったけど、たしかに母さんのハンバーグの味にそっくりなのだ。 
 + 
 +腕がまともに動かせないのに、頑張って作ってくれた、あのハンバーグの味。 
 +形は少し不細工だったけど、とても美味しかった、あの、ハンバーグの味。 
 + 
 +---- 
 + 
 +母が死んで今日で一年とちょっと。高齢出産だったこともあって、 
 +俺の同年代の友達の親と比べると明らかに年くってた。 
 +俺が「なんでもっと若く生んでくれなかったの!?」と責めたこともあった。 
 +俺が思春期のころとにかく心配性な母がうざいのと、親父には恐くて 
 +何も言えなかったから何でもかんでも 
 +母に当たってた。たくさん文句言って寝ようと自分の部屋に入ったとき 
 +母のすすり泣く声が聞こえたときは自分の不甲斐なさに気付き俺も泣いた。 
 + 
 + 
 +お母さんが死ぬ時っていつか来るってわかってた。 
 +でも気付いてからは遅いんだよね。そんな俺も今年で23才になる。 
 +20才を迎えたくらいから親孝行したいなって思って 
 +高齢出産だった母に孫の顔を見せてあげたいなって思ってた。 
 +それで、先月生理来ない彼女が病院行ったら子供が出来てたよ。お母さん。 
 +無事に生まれてくれたらいいな。 
 +俺を生んでくれてありがとう。高齢出産だったから辛かったろう。 
 +でも孫の顔見せてあげたかったな。抱かせてあげたかったな。 
 +でももうお母さんの笑顔見れないんだよね。あの笑い声ももう聞けないんだよね。 
 +でも俺少しは一人前の大人になったよ。学歴も無いし給料安いけど 
 +ついに家庭を持つよ。こんな幸せなことってなかなか無いよね。 
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 +俺の子供にはお母さんからもらった優しさを少しでも分けてあげたい。 
 +休みの日は子供といっぱい遊ぶ。俺が小さい頃のお母さんよりは 
 +動けると思うよ。なんたってまだ俺若いからね。 
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 +お母さんが死ぬ前日に俺に言った言葉。 
 +「今日はお風呂入ってもう寝なさい」 
 +あの時寝なきゃ良かったな。今でも思うよ。一晩中話しとけば良かったよ。 
 +なんで死んじゃうんだよ。お母さん。もっといっぱい甘えとけば良かった。 
 +もっといっぱい話したかった。旅行に連れて行ってあげたかった。 
 +それで美味しい物いっぱい食べさせてあげたかった。 
 +次の日冷たい体に抱きしめても、声かけても何も返って来なかったよ。 
 +お母さん、天国から俺の事見える? 
 +俺の事もう心配しなくていいからね。子供の名前何にしようかな。 
 +お母さんだったらどうする?明日仕事休みだから彼女とお墓参り行くよ。 
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 +最後に生きてるとき言いたかったけど言えなかった言葉。 
 +「お母さん、生んでくれてありがとう」 
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 +2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職の長男(事件当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」をご存じだろうか。 
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 +それから約10年後の2015年。毎日新聞大阪社会部の記者が、介護殺人に関するシリーズ記事の一環としてこの長男への取材を試みた。しかし弁護にあたった弁護士も行方を知らず、数少ない親族を探し出して訪ねると、彼はすでに亡き人になっていた。 
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 +事件の後の足跡について親族は口が重く、なぜ亡くなったのかも不明のまま。行き詰った末に探し当てた長男の知人という人に彼の死を告げると、絶句して、判決後に長男が落ち着いた先の住所を告げた。 
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 +やがて判明した死因は自殺だった。 
 +琵琶湖大橋から身を投げたという。所持金は数百円。「一緒に焼いて欲しい」というメモを添えた母親と自分のへその緒が、身につけていた小さなポーチから見つかった。 
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 +漏れが就職して初めてのボーナスが出た日、職場の皆で呑みに行った。 
 +ベロベロに酔っ払って、ゲーセンは行ったらケーキの形したぬいぐるみのUFOキャッチャーがあった。 
 +3000円ぐらい使って1コ取って、気になってた同僚の女の子にあげようと思ったら、「いらな~い」って言われた。 
 +どうしていいやらわからずに、とりあえずカバンに入れてそのまま持って帰った。 
 +ケーキのイチゴの部分を押すと、電子メロディで「ハッピーバースデー」の曲が流れた。 
 +ちょうど母親の誕生日が近かったので、それとなく「母ちゃん、これあげる」って渡した。 
 +今まで誕生日プレゼントなんてあげたのは2、3回しかなかった。照れくさかったから。 
 +母親は驚いた顔をしつつ、ニコニコしながら受け取った。 
 +「ここを押すとメロディが流れるから」って教えると、延々とハッピーバースデーを聴いていた。 
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 +2年後の母親の誕生日。 
 +仕事がキツくて夜中まで働いた翌朝、起きる時間まであと20分あった。 
 +朝の20分の睡眠時間は貴重だった。 
 +なのに、耳元で耳障りな電子音が聞こえてきた。 
 +例のケーキのぬいぐるみだった。 
 +母親が、 
 +「メロディ止まらなくなっちゃったのよ、なんとかして」 
 +と言って立っていた。 
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 +「知らねーよ。眠いんだから出て行け」 
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 +と言ったら、母親はぬいぐるみを俺の枕元に置いていった。 
 +けたたましく鳴り響くハッピーバースデーのメロディに、漏れはブチ切れて 
 + 
 +「ふざけんなよ、うるせーんだよ!」 
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 +といってぬいぐるみを廊下に叩きつけた。 
 +唖然としてぬいぐるみを拾い上げる母親。 
 +メロディは鳴らなくなっていた。 
 +母親がうっすらと涙を浮かべていたのに気が付いてはいたが、そのままベッドにもぐりこんだ。 
 + 
 +朝食は無言のまま。バツが悪いのでさっさと出勤した。 
 + 
 + 
 +それから母親がそのぬいぐるみの事を口にする事はなかった。 
 +でも、漏れは知っている。押入れのたんすの中にそっとしまわれている事を。 
 +もう8年ぐらい前の話だ。 
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 +母親はまだ健在だが、どうしてもあの時自分がしてしまった事を後悔している。 
 +なんとか、あのぬいぐるみを直してやりたい。 
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 +誰か、知らないだろうか? 
 +ボタン電池ぐらいの大きさで、押すと電子メロディでハッピーバースデーが流れる小さな回路を。 
 +どこか売っていたら教えてくれ。頼むから… 
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 +---- 
 + 
 +火曜日に正社員の面接行ったのね。もうこれで20数社目。今まで全部駄目だった。 
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 +それで、その日は車でしか行けないところだったんで、母親が仕事を休んで付き添ってくれた。 
 +駐車場の車内に母を待たせて面接してもらった。 
 + 
 +出てきたのは社長と人事課長。社長が絵に書いたような悪人顔でさ。 
 +鼻くそほじりながら履歴書見て「職歴なし?あんたもう30だろ?」 
 +「バイトなら経験あるっていったって職歴なしは職歴なしだろう?」 
 +「うちでそんなの雇うわけないだろ?もう帰ってくれ。用はないだろ。終わり終わり」 
 + 
 +車に戻ると母は面接には触れず、「また明日から暑くなるんだって、今ラジオで行ってた」 
 +「ごはん食べて帰ろうか」って。 
 +無言のままうどん屋に入ってカツ丼食べた。 
 + 
 +そしたら母親が「受かるといいねー」って言うからさ、俺答えに困っちゃってさ。 
 +で、いろんな言い訳考えた末に正直に「いや、駄目だったんだ、今日も」といった。 
 + 
 +母親、「また次も送っていくよ、カツ丼、あんまりおいしくなかったね」だってさ。 
 +今頃になって泣けてきたよ。情けねーなー。就職してーなー。 
 +今まで何やってたんだろうな、俺は。 
 + 
 +---- 
 + 
 +[[介護]] 
 + 
 +---- 
 + 
 +[[プロ野球のチケット]] 
 + 
 +----
  
-水力発電は王子製紙株式会社による千歳川水系の開発、北海道電力株式会社による石狩川層雲峡付近と雨竜川の電源開発を除けば小規模に留まり、揚水発電のような大規模電源開発は行われていない。これは電力需要が首都圏や京阪神に比べて多くないことに起因する。+[[俺の絵]]


母親系.1606170208.txt.gz · 最終更新: 2020/11/24 07:23 by moepapa